インタビュー 安發伸太郎(安発伸太郎 / あわ しんたろう) 料理人 #Paris

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安發伸太郎さんプロフィール

1986年生まれ。栃木県宇都宮市出身。2004年渡仏。リヨン「レジス・エ・ジャック・マルコン」「ポール・ボキューズ」などを経て2011年パリへ。現在、パリのパラスホテル、ル・ブリストルにある三ツ星レストラン<エピキュール>の副料理長。2016年5月、国際コンクール「サンペレグリノ・ヤングシェフ2016」の フランス大会で優勝しフランス代表に選出される。

awa shintaro

(2013年9月にパリでインタビュー)

 

<渡仏のきっかけ>

Q:フランスに来たきっかけを教えてください。

安發:フランスに来たきっかけは、17歳のときなんですけど、私が通っていた学校でフランス研修というのがありました。フランス研修で2週間、そこも料理学校みたいな感じで、料理と普通の勉強するところだったんです。そこで2週間の研修があって、フランスに来て、フランス料理いいなと思って。

Q:そうなんですか。栃木の学校ですね。

安發:高校の中で普通科だとか、調理科だとか、音楽科だとかに分かれていて、私の入ったのが調理科というところでした。

Q:ということは、中学校のときからもう料理人になると思っていましたか。

安發:そうです。私の実家がお店をやっていて、日本料理の飲食店です。

Q:どうして日本料理ではなくて、フランス料理を?

安發:実家が日本料理なんで、自分にちょっと近過ぎるなと思って。フランス料理のほうが世界的に認められているし、自分のビジョンを広げるうえでもフランス料理のほうがいいのかなと思いました。

Q:フランス料理をやるって決めたのは、大体いつごろですか。

安發:高校2年生ぐらい、16歳ぐらいです。

Q:早いですね。最初にフランスに来るときに、知り合いがいたのでしょうか。

安發:いませんでした。とりあえず、最初にフランスの語学学校に入ったんです。私立の語学学校で勉強して、フランスがどんな感じなのかっていう様子を見ました。最初にニースにいたんですけども、その後半年ほどでリヨンに引っ越して、リヨンの町で働き始めました。

 

<数々の名店で修業>

Q:リヨンの仕事を得るときに、どうやって探したのですか。

安發:直接お店に行って、働かせてくださいっていいました。Nicolas Le Becっていうお店です。もう今ないんですけども、その当時一ツ星で、二ツ星、その後取って、私が働いてた当時は一ツ星のお店でした。当時、18歳でした。

Q:安發さんは、20歳のときにレジス・マルコンさんのレストランで働くようになったのですが、そのときは?

安發:私の知り合いが、その二ツ星のレストラン<レジス・エ・ジャック・マルコン>で働いていて、私がそのお店を辞めた後に「2週間ぐらいスタージュで来ないか」「研修で来ないか」って言われて行ったんです。そのとき、ちょうど忙しかったみたいで、2週間行かせてもらって、「よかったらこのままいていいよ」というかたちで誘われました。

Q:レストランのキッチンはフランス人が多いかと思うのですが、働くうえでフランス人の料理人との関係は、どういう感じなんですか。

安發:気難しくないんで、働きやすいと思います。上下関係がないんです。年が上でも下でも、上下関係なく楽しく料理できるので、そんな厳しい感じはないです。もちろん、サービスは厳しいですけども、普通の感じで仕事ができます。とりあえずすべてのパートを回らせてもらいました。マルコンさんのとこはみんな2~3カ月ごとに魚の部門に行ったり、肉の部門に行ったり、野菜の部門に行ったり。だから、みんながみんな、どこやってもできるという感じでした。
マルコンさんとは、今でもときどき料理会で会うことはあります。マルコンさんがフェアで来ていると、料理つくったり。マルコンさんとは家族のような関係ですね。

Q:その後、ポール・ボキューズに入りますが、どういうきっかけでしたか。

安發:もともと18歳でフランスに来たときに、ポール・ボキューズで働きたいと思って行ったんですけど、断られたんです。そのとき、まだビザも持ってないし、もちろん働けないのは分かってたんですけど駄目もとで頼んで、やっぱり駄目で、今回はビザを持ってるからどうだろうと思って頼んだら、「1~2カ月待ったら働かせてあげるよ」って言われたので、ポール・ボキューズで働かせてもらって。23~24歳ぐらいです。

Q:ポール・ボキューズでは、どんなパートのお仕事を?

安發:ロティサーといって肉を焼く係です。シェフ・ド・パルティという部門シェフで入りました。ロティサーをやらせていただいて、肉を焼いたり、その付け合わせを用意したり、いろいろと仕事があります。

Q:もう23~24の時点で、責任のある仕事を三ツ星で働いていたのですね。周りのフランス人の料理人の方から、どのように評価されていますか。

安發:変わった人間だって言われます。「お前は変わってる」とか言われます。頑固とか。もちろん人の言うことは聞きます。でも、間違ったことは間違ってるっていいます。じゃないと、フランス人も我が強いので、日本人、日本人してると負けてしまうんです。フランス人に。やられるだけなので、負けてはいけないと思って、それは18歳のときに学んで。自己主張をしないと、このフランスでは負けてしまうんです。

Q:その後、ブリストルでいつから働きはじめましたか。

安發:24歳です。ブリストルで1年半で働いて、その後カンヌの邸宅や、Hotel Shangri-Laのラベイユという二ツ星のレストランで働きました。その後、副料理長にならないかと誘われて、ブリストルに戻りました。

Q:多くのフランス人がその職につきたいはずですが、どうして安發さんが抜擢されたのですか。

安發:以前働いたとき、Confiance(コンフィヨンス)、日本でいう信頼関係ができていたからだと思います。

 

<フランス料理界の日本人>
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Q: ブリストルのようなパリの三ツ星レストランで、副料理長をしている日本人はほかにもいるのでしょうか。

安發:あまりいないと思います。仕事自体は、朝、商品チェックをして、各部門の管理をします。そして、味を見たり、チェックをする。あと、試作をつくる。メニュー 1カ月サイクルぐらいで変わるんで、次出すメニューを考える。そんな感じです。管理職みたいな感じです。

Q:それには、かなりフランス語の能力が必要ですよね。

安發:どうでしょうか。今でもそんなに不自由してないわけではないので、何とも言えないとこです。普通にはしゃべれますけども、完ぺきには話せないと思っています。

Q:今までこれだけ経験を積まれていますが、ずっとフランスなんですね。フランスで働くには何が大事なのでしょうか。

安發:情熱。パッションがあるかないか。料理人やっていっても、ほんとに料理が好きなのかは重要です。この仕事、労働時間も長いですし、大変なので、ほんとに好きじゃなければできない。仕事として見てると、なかなか難しい。趣味としてやらないとなかなか難しい点がある。そうですね、私の場合はもう趣味です。

Q:それは、ご実家が日本料理屋さんというのは関係あるんでしょうか。

安發:常に料理、ご飯、食べ物に触れていたことでしょうか。頭の中でそういうサイクルがあるので、この季節はこの野菜かとか、そういう季節が、ほんとに子どものころからあったので。

Q:ご出身は栃木なんですね。

安發:栃木です。山育ちなんで、おばあちゃん、小っちゃい畑で野菜つくったり、おばあちゃんちの裏山に行ってキノコ取りしたり。

<創作の方法>

Q:料理ではどのようなスタイルが好きで、何を重視して創作をしているのですか。

安發:キュイジーヌ・クラシックです。ベースがクラシックな料理です。とりあえず、材料を一番、素材を一番上に出さなくてはならない。味を感じなくてはならないので、野菜だったらその味を感じる料理。そこから組み立てていく。そこに調味料を合わせていく感じです。組み合わせは、今まで食べた料理とか、味の引き出しみたいなのが頭の中にあって、これがおいしい組み合わせだなっていうのが絶対あります。方程式じゃないですけど、これとこの組み合わせはおいしいという記憶があります。

Q:普段どこからインスピレーションがわきますか?

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コンテスト 応募作「サバ・ジャガイモ」 いぶしたサバにジャガイモを付け合わせた

安發:とにかく旅行に行くことです。旅行に行って、いろんな国の料理を食べてみる。あとスーパーとか、いろんな国のスーパーとかありますね。地方のものを見てみたり、とにかく味わうことです。

Q:創作のときに、「日本人らしさ」というのは武器になりますか。

安發:日本の材料という考えはあまりないです。とにかく自分の好きな材料を組み合わせるという感じです。これとこれとこれを組み合わせたら新しいんではないか。まだ味わったことないから試しにやってみようというのはあります。日本料理のエッセンスを少し加えるのはいいんですけど、半分日本料理で半分フランス料理みたいな、そういう中途半端なものはあまり好きではないですね。

Q:最初18歳のときからやってて、ここまでキャリアアップしたというか、ここまで来た感じなんですね。

安發:いや、まったくそんな感じ持ってないです。今、自分でやれることをやってるだけです。今、副料理長やっていようが、コミをやっていようが、俺の中では何も変わらないです。副料理長になったなんていう過程に甘んじてるわけでもないです。

Q:自分の料理の技術がある程度まで達したと思うときはいつですか。

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安發:いつでしょう。多分これから先ないんじゃないですか。難しいです。自分で納得するか納得しないか、どこまで自分が求めるラインを持っていくかというところです。自分はこれで良いっていったら、そこで終わってしまうので、どこまで自分を高められるか。
多分、才能がある人はいると思うんです。でも天才はいないと思うんです。あとは努力次第だと思います。努力するかしないかで、その伸びしろが違う感じなんじゃないかな。何でも貪欲に学ぼうとする姿勢が大事だと思います。謙虚に。
私は、筋が通ったことが好きなんです。例えば、ワインを飲みに行く。おいしいワインを飲むためにはいいグラスが必要なんです。私の中では。変なグラスで飲みたくないんです。だから、いいグラスを買う。ワインを保存するためには、ワインのカーヴが必要という。何事にも筋を通してあげる。ワイン屋さん、ワインのつくり手さんがつくってくれたワインを変なグラスで飲むわけにはいかない。そのワインを100パーセント楽しめるような状況をつくってあげる。

Q:料理の場合も同じでしょうか。

安發:自分で素材を選んで、この店は素材がいいっていうのを買う。そして家で料理して、ちゃんとしたお皿に乗せてあげる。適当なことしないで、ちゃんとした料理に仕上げるという。何ごとにも、最初から最後まで筋を通します。

Q:将来の目標を教えてください。

安發:いつかは日本に帰ろうと思っています。日本でゆくゆくは開業したいと思います。日本が好きなんですね。もともと。田舎生まれだから余計にそうなのかもしれません。フランスは修行の場だと思っているんです。

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