インタビュー 江角泰俊 (Yasutoshi Ezumi/ ヤストシエズミ デザイナー)#London

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江角泰俊さんプロフィール

1981年広島生まれ。宝塚造形芸術大学短期大学部デザイン芸術科ファッションコース卒業。年渡英。ロンドン、Central Saint Martinsファッション&テキスタイル科卒業し、Alexander McQueen等コレクションブランドで経験を積む。2010AWよりファッションブランドYasutoshi Ezumiを立ち上げ、2011AWから東京コレクションに参加。www.yasutoshiezumi.com

(2014年12月、渋谷のアトリエにてインタビュー)

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<学生時代>

Q:生い立ちについて教えてください。

江角:実家が島根の出雲で、そこで父はお寺の住職と物理学教授の二足のわらじをはいていました。祖母が和裁の先生をしていたのを小さいときに見ていました。うちの父は、物理や真理の話、宇宙の話をよくしていました。

Q:ファッションに関心が出てきたきっかけは何でしょうか。

江角:高校2、3年頃から服は好きでした。サッカーもずっとやっていて、サッカーをやめると決めたときに、ファッションをやろうと決めました。最初はスタイリングに興味があって、大阪の短大のファッション学部に入りました。父は、やはり最初戸惑っていましたね。仏教大学に行けという話もありました。でもそれを振り切って、自由にやらせてもらいました。短大で初めて本格的に服を作ったり、デザインしたりしました。1着目を作ったときから、スタイリングよりも作るほうが楽しいなと思いました。そこからデザイナーを目指すようになりました。

Q:日本の学校では技術を中心に勉強するとよく言われますが、実際はどうでしたか。

江角:短大の2年間で、一般的な日本のファッション教育を受けました。デザイン、縫製、パターン、ビジネス、服飾品について学んで、ファッションショーを見たりもしました。日本のファッションの学校って、洋裁学校からスタートしているので、パターンや縫製を教えるのはすごくうまいし、メソッドもあります。

Q:卒業後、すぐにSaint Martinsに行かれたのですか。

江角: 2002年に、卒業して3カ月ぐらいで、すぐにロンドンに行きました。短大の2年生で卒業したら行こうと決めて、英会話やポートフォリオの作成をブリティッシュ・カウンシルで勉強していました。そこでSaint Martinsの先生に面接もしてもらいました。僕は2年間の経験があったので、ファンデーションコースというよりは、ショートコース、ファッションフォリオコースというコースでした。writtenafterwardsの山縣くんとかdivkaの田中さんとかも同じ時期にいました。
 ロンドンに行った時は、20歳でした。日本の大学を終えるときに、まだ本物に触れていないのでは、という感覚がありました。当時McQueenがすごく好きでしたが、ショーなどは日本であまり見る機会はありません。「できるなら留学したほうがいい」と当時の先生にも言われました。それが留学のきっかけです。

<Saint Martinsへの留学>

Q:Saint MartinsではBAに入られたということですが、BAに入るのは難しかったですか。

江角:難しかったです。ファッションのためのポートフォリオを集中的に作るコースで、2週間に1回プレゼンをして、デザインの仕方をトレーニングしました。アイディア帳のブックとしてのスケッチブックを2週に1回作って、怒られて、また作っての繰り返しをしているうちに、自分のやり方を見つけられるようになりました。それぞれ個性的なので人によってやり方は違うのですが、いいものはいいとチューターは言ってくれます。
授業は、自分で実習をして1日1回チュートリアルをするかたちでした。芸術大学でもあるので、一番大事なのはドローイング。ドローイング、コラージュ、写真など、アートワークのベーシックスキルを入れたスケッチブック自体でセンスが分かります。だから、BAのインタビューはポートフォリオが一番大事なのです。そこで評価された学生だけが入れます。日本人以外にはアジア系が3〜4割、イギリス人はそんなに多くなかったです。ヨーロッパやアメリカ、インド系や中国系の人もいました。

Q:留学時代、語学は大変ではなかったですか。

江角:イギリス英語に慣れるのが大変でした。最初のファッションフォリオのコースでは宿題やアドバイスも理解するのが大変でしたが、1年くらいすると聞こえて答えられるようになりました。分からない時はメモをとって後で調べたり、友達と積極的に話したりするようにしていました。学生同士のフラットシェアが多かったので、実生活の中で英語は学べました。IELTSを取らないと学校に入れないので、大学に入る前に6.5取りました。入学しても、学年があがるときに毎回取らないと留年でした。英語は生きていくためにやるしかない、英語で落ちるなんて、という思いでした。
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<ブランド立ち上げまで>

Q:Alexander McQueenには卒業してから行かれたのですか。

江角:McQueenには学生の時に手伝いに行っていました。自分のワークもあるので、学校に通いつつのインターンはハードでした。アトリエには、インターンやパタンナー、スタッフ、アシスタントがいて、マックイーンは手の届かないところに。サラ・バーンやキャロラインという他のアシスタントから指示が来て、ショーピースの製作、手伝いをしていました。ショーの前の佳境になると、インターンも20〜30人が入れ替わりで毎日いて、僕はテキスタイルコースでニットもやっていたので、生地を染めたり、アイディアを作ったりしていました。
ニットのビジターチューターがAquascutumで働いていたので、卒業してからはAquascutumにインターンで入って1年近く働いていました。ニットデザイナーのアシスタントとして、お給料ももらっていました。

Q:ずっとロンドンにいたのですか。パリで働こうとは思いませんでしたか。

江角:卒業制作のときにJohn Gallianoのアトリエの方たちが気に入ってくれて、誘われました。パリに移り住んで、John Gallianoの所に行こうとしました。ただ、パリは就労が厳しく、インターンするにもレターが必要だったので、インターンには行かず、半年ほどショールームやファッションショーの手伝いを転々としながらフランス語を勉強していました。

Q:フランス語も勉強なさったのですね。

江角:フランス語は難しかったです。でもやりたいことのために必要な能力やツールは絶対手に入れるようにはしているので、ヨーロッパで働くなら英語、フランス語、イタリア語は必要ですし、英語はできるようになったのでフランス語を、という気持ちでした。ヨーロッパのトップの方に行くとみんな3ヶ国語話せます。そうでないと現場でのコミュニケーションがとれないので。

Q:帰国を決断されたのには何かきっかけがあったのでしょうか。

江角:学生時代から自分のブランドを立ち上げたいと思っていたのですが、イギリスは工場が乏しくて。ビザの問題もありましたし。日本に帰国して1年くらい小さなブランドで働いて、もう1年くらいはバンタンで講師をしながらフリーランスの仕事をしつつ、ブランドの準備をしていました。Issey Miyakeに面接に行ったのですが、「もう自分でやりなよ」と言われて。今は自分が面接をする側なので分かるのですが、やはり使いづらいと思います。そういう子は我が強いし、個性があってデザインはいいのですが、会社のなかでやるとなるとフレキシブルなほうが向いているでしょう。

Q:ビジネスを立ち上げるときの資金はどこから得たのですか。

江角:最初のシーズンは30万円しか持っていなかったので、30万円で全部やりました。パターンやデザインは自分で、サンプル代や撮影はかなり費用を抑えました。展示会は講師をやっていたので学校の場所を借りてやりました。展示会出展にも20~30万円はかかるので、費用を抑えるために、当時デビューしたてのブランドを集めてコレクティブショールームを作りました。営業も頑張りました。バイヤーを呼んだり、つてを使って持ち込みでトランクショーをやったりしました。運良く反響が結構あって、セルフショップが2店決まって商売が始まりました。
最初のシーズンから決めないともたないと思います。絶対決めるという気持ちで行かないと、ビジネスがスタートしない。作ってお店に置いてもらってお客さんがそれを買って、ようやくブランドが成り立ちます。そこまでやろうと、ファーストシーズンで決めていました。

<クリエイションの方法>

Q:リサーチをしてから、その枠の中でコンセプトを考えますか。

江角:基本的にデザインとビジネスは違う頭で考えています。デザインをするときに制限を与えると、クリエイションの幅が狭まってしまうので。デザインがあってビジネスがあると考えています。私たちのようなコレクションブランドは、このブランドらしいスタイルを作らないとダメだと思います。リサーチは毎回自分のクリエイション的興味がある事柄から入って、図書館にこもってスケッチブックを作ります。前回は、そこからトレンドリサーチやカラーワークもしました。

Q:クリエイティブなインスピレーションはどこから浮かぶことが多いですか。

江角:やはり日常生活です。Saint Martins時代は感覚的にアートにとても近い生活で、そこでアートや建築を勉強したので、日本でもギャラリーには行きます。私のブランドのコンセプト自体が理(ことわり)、ロジック。それは理にかなったものづくりという1本の筋を一応クリエイションの中に置きながらやっていくことで、クリエイションではそこはぶれないようにしないといけない。ジャンルによっても筋をもっていて、Saint Martinsがデザインに特化した学校だったということもあって、クリエイション寄りなのです。ビジネスの概念を入れはじめたのは、4年目の先ほどお話ししたところではじめてです。

Q:日本のデザイナーはクリエイティブもビジネスも統括すると聞きますが、やはり日本ではそれが定番スタイルなのですか?

江角:ブランドをスタートするファッションビジネスの人はいなくて、独立型のブランドは大体デザイナーが立ち上げているので、ブランドが大きくなったらビジネスもやるしかない。ヨーロッパはものづくり先行型です。Parsonsなどアメリカ型はデザイナーがビジネスも勉強して、早めの段階でビジネスパートナーを付けているようです。

<海外展開に向けて>

Q:海外に出て行くときに、今度はクリエイティブな面ではどういう風に勝負をしていかれるのですか?

江角:まず目立つことは大事だと思っています。自分の強みにするニットで、日本の工場が得意な方向性のものを出していきたいです。Made in Japanで、クリエイションの面白さを見せたいです。日本らしさというジャポパニズムは必要ありません。日本はやはりクオリティで世界のトップレベルだと思うので、それをファッションの土俵で活かしたいなと思っています。

Q:今後、どのように海外で展開される予定でしょうか。

江角:そうですね。もちろん最終的にはパリに行こうと思っています。まずはニューヨークのマーケットから攻めようかと思っています。最近はニューヨークに縁があって、片思いではなく両思いになり得そうなマーケットだと思っています。まずはアメリカのマーケットに行って、しっかりしてからパリに行きたいと思っています。語学の面での苦手さは一切ありません。今も最後の卸まで自分で全部コンタクトをとってやっています。現地のショールームに行って、自分で立ってコミュニケーションも全く問題ないです。イギリス時代の知り合いは、主要都市には必ずいるので、つてもあります。ビジネスもデザインと似ていて仕掛けだと思っています。

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